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「山岳信仰」に見る屋久島の本質と奥深さ<前編>あまり知られていない「島人が山に上らない日」とは?

人気都市・福岡を訪れる人も、福岡に暮らす人も意外と知らないのが「福岡市は離島も近い」こと。福岡を楽しむみなさんにお届けしたい、福岡市内から直行できる離島の魅力を、島に暮らす地元ライターが紹介します。

(取材・文 屋久島ライター 菊池淑廣)

あまり知られていない「島人が山に登らない日」

いまや「トレッキングの聖地」のひとつに数えられる屋久島。屋久島には縄文杉や白谷雲水峡、九州最高峰の宮之浦岳など、多くの登山者を魅了する山やトレッキングコースがたくさんあり、中高年トレッカーから山ガールまで幅広い年代の人たちが登山に訪れています。

一方、屋久島では古くから山岳信仰が浸透していて、島人の山に対する考え方や山との付き合い方、あるいは登山をすることの意味においても、レジャーとしてのそれとは異なる側面を持っています。

その現われのひとつが「山ん神祭り(やまんかんまつり)」です。

年に3回、旧暦正月・五月・九月のそれぞれ十六日に執り行われます。山の神に感謝する日で、山関係の仕事に従事する人は、この日は山へ入るのを慎み、神事を行います。僕たち山岳ガイドも同様に、この日は山に入るのを控えています。

屋久島の守護神は、浦島太郎?

山岳信仰というのは、山そのものを崇拝の対象とする信仰形態ですが、屋久島では多くの山の頂に祠があります。

なかでも「奥岳」と称される島の中央部に連なる山岳エリアは、特に神聖な領域とされていて、宮之浦岳(みやのうらだけ=1936m)の山頂には、屋久島の守護神「彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)」(屋久島では神仏混淆の風習もあり、「一品宝珠大権現(いっぽんほうじゅだいごんげん)」の仏名も併せ持っています)が祀られています。

日本神話に登場する「山幸彦(やまさちひこ)」のことで、いわば「浦島太郎」のモデルです。

屋久島で最も由緒ある「益救神社(やくじんじゃ)」の主祭神も彦火火出見尊で、宮之浦岳の奥宮に対して、里宮としての役割を果たしています。ほかにも「豊玉姫尊(とよたまひめのみこと)=乙姫のモデル」など、彦火火出見尊にまつわる七柱の神々が祀られた神社です。

ちなみに、そんな背景もあってか、屋久島には竜宮伝説がいくつかあります。例えば、安房(あんぼう)集落には「面影の水(おもかげのみず)」と呼ばれる湧水があり、彦火火出見尊(浦島太郎)と豊玉姫尊(乙姫)が出会った場所だと伝えられています。

岳参りは「登山」ではなく「登拝」

そしてもうひとつ、屋久島の山岳信仰における重要な風習が「岳参り(たけまいり)」です。山へ参拝に行く伝統行事のひとつですが、豊漁豊作や無病息災などを山の神に祈願するというもので、集落ごとに営まれています。

岳参りは、500年ほど前から始まったとされ、本来は年に2回、春と秋(旧暦五月と九月)に集落の代表者(青年団の若者など)が山中に泊りながら、奥岳に「登拝」するというスタイル。僕が住んでいる船行(ふなゆき)集落では、毎年9月に1回、ご神山として崇めている、集落のすぐ背後にそびえる「三野岳(みのだけ)」に登拝しています。

このように時代の流れとともに簡略化されているケースも多く、廃れてしまった集落もあります。それでも屋久島にある24集落(屋久島町としては、口永良部島の2集落を加えて全26集落)では、現在も一部を除くほとんどの集落で、何かしらの形で行われているようです。

屋久島では、レジャーとしての「登山」が普及するずっと前から「登拝」というスタイルで山へ登っていたわけですが、人里からは一切見えない奥岳の領域は、神が宿る聖域とされ、むやみに足を踏み入れなかったと言われています。

未明から始まる、宮之浦の岳参り

さて、前置きが長くなりましたが、今回はそんな屋久島の精神文化の真髄といっても過言ではない岳参りを、2回にわたって臨場感たっぷりにお届けします。

平成30年10月31日(旧暦九月二十三日)、宮之浦集落の秋季岳参りが執り行われ、僕も同行させてもらいました。日帰りではありますが、島の中枢ともいえる宮之浦岳を目指します。

自分が住んでいる集落以外の岳参りに参加するのは初めてですが、宮之浦岳に登拝するというのは、それだけで清浄な心持ちになるから不思議です。

同地区では約50年もの間、岳参りが途絶えていたそうですが、14年前に「宮之浦岳参り伝承会」の代表・中川正二郎さんが復活させ、今回で28度目の岳参りとのこと。今回は小学生を含む計16名が参加しました。

山ではなく、いざ、海へ!

午前3時半、集落を代表する参拝者は、まずは「益救神社(やくじんじゃ)」に集合。神社で参拝したあと、一品ヶ浜(いっぽんがはま)という海岸へ向かいます。

松明を焚き、サカキの枝で禊をしたあと、「御砂取り」といって波が洗ったばかりのきれいな砂を竹筒に詰めます。

この砂は、山の神に捧げるためのものですが、潮(塩)を含んでいるのでお清め代わりにしたとか、あるいは海の砂は山から運ばれてきた花崗岩の風化した粒なので、これを山へお返しする意味があるとか、諸説あります。

そして、神が宿る奥岳へ

そして車で標高1360メートルの淀川(よどごう)登山口へ。

夜明け前の暗い中を6時前に出発。白い法被(はっぴ)に菅笠(すげがさ)というスタイルで、二人の「所願(ところがん)=集落の代表者で、願ほどきと願立てを担う岳参りの責任者」を先頭に、ある程度の隊列を組みながら、それぞれが思い思いのペースで山頂を目指します。

そして9時過ぎには全員が宮之浦岳山頂に到着。
山頂直下にある岩屋の中に、屋久島を司る守護神「一品宝珠大権現」を祀った祠があります。

ここはまさしく島の人の拠り所であり、屋久島の核心です。冷たい強風が吹き付け、神妙な空気に包まれるなか、いよいよ神事が執り行われます。

(後編に続きます)